大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和30年(ナ)31号 判決

原告 榎本兼吉

被告 神奈川県選挙管理委員会

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、被告が昭和三十年十一月十七日附でした「昭和三十年二月六日執行の神奈川県津久井郡相模湖町長選挙を無効とする」旨の裁判を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。との判決を求め、請求原因として次の通り陳述した。

一、原告は昭和三十年二月六日執行された神奈川県津久井郡相模湖町長選挙に立候補して当選した。

二、右選挙の効力に関して訴外杉本勝二は、同町選挙管理委員会に異議を申し立てたところ同年六月二十日却下の決定があつたので、更に被告委員会に訴願したところ、被告委員会は昭和三十年十一月十七日附を以て「相模湖町選挙管理委員会の決定を取り消し、同年二月六日行われた同町長選挙を無効とする」旨の裁決をした上、同月二十五日その旨告示した。

三、右裁決はその理由として

(イ)  相模湖町は昭和三十年一月一日四ケ町村を合併して新たに成立したものであるから、特に同町選挙管理委員会が、数ケの新投票区を設置する旨を決定して告示しない限り、投票区は一ケであり、従て投票所も一ケ所であるべきに拘らず、右選挙管理委員会は予め投票区の設置及び告示をすることなく七ケ所の投票所を設けて投票を行わせたこと。

(ロ)  適法に新投票区を設けた場合においても、各投票所の投票立会人は、当該投票区の選挙人中より三人以上を選任して立ち会わせなければならないにも拘らず、本件町長選挙においては、第六投票所の投票立会人三人の内の一人に第五投票区の選挙人である江藤升一を充てたものであるから、同人の立会人選任は無効で、同投票所は終日立会人の定足数を欠くに至つたものである。しかも同人は自己の投票を行うため第五投票所に赴いて、三十分間以上在席しなかつたのであるから、この点から見てもその間第六投票所においては、投票立会人が法定数を欠くに至つたこと。

(ハ)  第六投票所においては、投票開始よりその終了に至るまで、投票立会人押田貞治が投票事務従事者を兼ね、選挙人に対して投票用紙の交付を行い、投票立会人たる職責を充分果さなかつたこと。

(ニ)  開票の場所及び日時は、予め開票管理者において告示しなければならないのに拘らず本件相模湖町長選挙においては、かかる告示をすることなく勝手に同年二月七日午前八時三十分頃同町桂北小学校において開票を行つたこと。

の四ケの事実を挙げて、右はいずれも選挙法規に違反し、選挙の結果に異動を及ぼす虞のあるものとし、右選挙を無効と裁決したものである。

四、しかしながら、右裁決の理由とするところは全く事実に反するものである。即ち

(イ)  相模湖町選挙管理委員会は、昭和三十年一月十七日頃、同町の区域を分けて左記七ケ所の投票区を設けることを決定し、同月二十日頃その旨を告示した上、告示の通り執行している。

第一投票区 与瀬 (投票所桂北小学校)

第二投票区 小原 (同  公民館)

第三投票区 千木良(同  小学校)

第四投票区 若柳 (同  青年クラブ)

第五投票区 寸沢嵐(同  内郷支所)

第六投票区 道志 (同  青年クラブ)

第七投票区 鼠坂 (同  大塚勝重宅)

(ロ)  右選挙管理委員会は、第六投票所における投票立会人として、いずれも第六投票区内の選挙人である押田貞治、野呂コヨ、野呂政治の三名を選任したもので、江藤升一は投票立会人ではなく、同投票所における事務従事者にすぎない。

(ハ)  第六投票所において投票立会人押田貞治がたまたま投票用紙の交付を行つた事実があるとしても、一時的の措置であつて、投票開始からその終了に至るまでかかる事務に従事したものではないから、投票立会人たる職責を尽し得なかつた事実はない。

(ニ)  本件選挙の開票の場所及び日時につき、開票管理者はすでに昭和三十年二月四日に同月七日午後一時桂北小学校において開票を行う旨を告示し、開票はその告示のとおり施行されている。

五、以上の如く被告委員会の認定は事実に反し、これに基く裁決は違法であるから、その取消を求める。

被告訴訟代理人は、主文第一項と同旨の判決を求め、次の通り答弁した。

一、原告の主張のうち、一ないし三の事実は認める。四の事実は事実上投票の行われた場所が、原告主張の七ケ所であることは認めるが、その他の点はこれを否認する。

二、本件選挙は左記の事由により無効で原告の主張はその理由がない。以下裁決の理由(原告主張の三の(イ)ないし(ニ))の順序に従つて陳述する。

(イ)の事実は、選挙人が投票区と投票所を事実上了知していると否とを問わず公職選挙法第十七条に違反し、適法な投票区の設置があつたものと認めることはできない。従て本件選挙の原告主張の七ケ所の投票所における投票は、法律上投票所たり得ない場所で投票を行わせたもので、その投票はすべて無効であるからこの違法は当然選挙の結果に異動を及ぼす虞がある。

(ロ)の事実は、公職選挙法第三十八条に違反する。投票立会人は選挙人の公益代表であつて、投票の公正を確保する職責を有し、そのため法律が三人以上の定足数を要求しているものであるから、立会人がこの定足数を欠くこと自体選挙の自由公正を害するものというべきであるのみならず、僅か一票の差によつて当選人が定められたこの選挙にあつては、かかる違法行為も明かに選挙の結果に異動を及ぼす虞がある。

(ハ)の事実も又公職選挙法第三十八条に違反する。投票立会人が投票事務従事者を兼ねることは、両者の性質上許されないところであるから、本件の如く立会人が投票事務に携わつた場合には、その間立会人は法定数を欠き右第三十八条に反する結果となるもので、明かに選挙の結果に異動を及ぼす虞がある。

(ニ)の事実は、開票が公開の場所において自由かつ公正に行われることを目的とした公職選挙法第六十四条に違反し一般選挙人の開票事務を参観する機会を奪い若しくは不当に制限するものであつて、選挙の自由公正を著しく阻害するものである。仮に本件選挙の開票事務が公職選挙法第七十九条により選挙会の事務と併せて行われたものであるとしても、選挙会の日時、場所の告示においては、昭和三十年二月七日午後一時相模湖町役場で行う旨を示しており、その通り施行されているのであるから、これと時刻及び場所を異にし、同日午前八時三十分頃から桂北小学校で開始された開票は、日時場所の告示なくして行われたもので、前記法条に違反し、これらの違法は当然選挙の結果に異動を及ぼす虞がある。

三、以上いずれの点から見ても、本件選挙の管理執行は選挙法規に違反し、選挙の基本理念たる自由公正の原則に反すること明かで、選挙の結果に異動を生ずべき虞のある場合であるから、右選挙を無効と判定した被告委員会の裁決は正当で、原告の本訴請求はその理由がない。

(証拠省略)

理由

原告主張の一ないし三の事実は当事者間に争がない。

よつて、四の(イ)ないし(ニ)の事実につき逐次その当否を判断する。

(イ)  神奈川県津久井郡相模湖町が昭和三十年一月一日四ケ町村を合併して新たに成立したことは、当事者間に争のないところである。しかるに公職選挙法による選挙の投票区が市町村の区域によることは同法第十七条第一項の規定するところであるから、特に同条第二項により同町選挙管理委員会がその区域を分けて数ケの投票区を設けた場合を除き、同町は一ケの投票区を成し、従て投票所も又一ケ所たるべきものである。

原告は、相模湖町選挙管理委員会は昭和三十年一月十七日頃同町の区域を分けて原告主張の如き七ケの投票区を設けることを決定し、同月二十日頃その旨告示したと主張し、証人小川保、永井好治はこれに副うような証言をしているけれども、成立に争のない乙第二号証及び証人栗原高之、佐藤寛の各証言によれば、右選挙管理委員会にはかゝる投票区の設置を定めた議案も会議録も存在せず、又告示の行われたことを証すべき告示番号簿にも投票区設置を告示した記載は全くなく、結局公簿上何等これを徴すべき資料のないことが認められるから、これらの事実と右乙第二号証、栗原、佐藤両証人の証言ならびに成立に争のない乙第四号証を併せ考えるときは、前記証人小川保、永井好治の各証言は到底これを信用しがたく、他に原告主張事実を認定するに足る証拠はない。従て原告の投票区の設置及びその告示に関する主張はこれを採用するを得ない。

果して然りとせば、右選挙においては、特に投票区を新設した事実がないのに拘らず原告主張のような七ケ所を投票の場所とし同所において選挙人に投票させたものであるから、右各投票は適法な投票所以外の場所で行つたものとしてすべて無効であるといわざるを得ないと共に、かゝる違法が選挙の結果に異動を及ぼす虞のあることは明白である。

(ロ)  次に、以下、右投票区の設置を一応適法であると仮定して原告の主張を検討するに、本件選挙におけるいわゆる第六投票所の投票立会人に関し、原告は押田貞治、野呂コヨ、野呂政治の三名が右立会人であつて、江藤升一は投票立会人でないと主張しているけれども、右野呂政治が立会人であつたとの事実については、証人野呂政治の証言は証人押田貞治、野呂コヨ、江藤升一の各証言と対照して遽かに採用しがたく、他にこれを肯定するに足る証拠はない。却て右証人三名の各証言によれば江藤升一が同投票所の投票立会人であつたことは明かであるから結局同投票所の投票立会人は押田貞治、野呂コヨ、江藤升一の三名であると認めざるを得ない。しかるに右江藤升一が第六投票区の選挙人でないことは証人江藤升一の証言によつて明かである。思うに公職選挙法第三十八条が各投票区の投票立会人は当該投票区における選挙人名簿に登録された者の中から選任すべきことを定めたのは、当該区域内の選挙人は、自己の区域内における事情に通暁し、投票が自由かつ公正に行われることを監視するに最も適当な立場にある者と認めたるによるものなれば、前記江藤升一を第六投票所の投票立会人に選任したことは、選挙の自由公正なる執行を阻害する虞のあるものと解せざるを得ない。況んや同人は自己の投票のため第五投票所に赴き約三十分間在席していなかつたことは証人江藤升一、野呂コヨ、押田貞治の各証言によつて認められるから、その間第六投票所の立会人は法定数の三名を欠くに至つたものであるから、仮に同人の当初の選任が適法であるとしても、右認定の点において違法を来すものというべく、かゝる違法は立会人の職責上選挙の結果に異動を生ずる虞があるものというべきである。

(ハ)  又第六投票所の投票立会人が押田貞治、野呂コヨ、江藤升一の三名であつたことは右(ロ)において認定した通りであるが、成立に争のない乙第三号証及び証人押田貞治、畑浅吉、野呂コヨ、畑マツの各証言によれば右立会人の一人たる押田貞治は二月六日の投票当日の午前中約一時間と三、四十分間の二回にわたり選挙人が一時に多数集つた際事務従事者の職務に属する投票用紙の配付を手伝つた事実を認めることができる。しかしながら投票立会人は投票が自由かつ公正に行われるよう監視する職責を有するものなれば、たとえ一時的にもせよ、立会人が事務従事者の職務を行うことは、その間自己固有の職責を尽すことを困難ならしめるものであるから、性質上その兼務はこれを許すべからざるものと解せざるを得ない。従て前記の如く二回にわたり在席しなかつたことは立会人の法定数を欠く結果となり公職選挙法第三十八条に違反するものである。しかも右第六投票所においては当日調査の結果投票用紙の交付数と投票者の数とが一致しなかつた事実が判明したことは、前記乙第三号証及び証人押田貞治、杉本忠治の証言によつて明かなるのみならず、本件選挙の当選が一票の差によつて決定したことは証人小川修平の証言によつて認められるからこれらの事情を綜合すれば、右認定の違法行為は選挙の結果に異動を及ぼす虞のあるものというべきである。

(ニ)  本件選挙の開票の日時及び場所に関し、原告は昭和三十年二月七日午後一時相模湖町役場において開票すべきことを同月四日告示し、その通り施行した旨主張するが、これを認め得べき証拠はない。又右開票が二月七日午前八時三十分頃より同町桂北小学校において開始されたが、対立候補者間の得票の接近から参観者は興奮して遂に乱闘騒ぎにまで発展し、やむなく開票所を町役場に移転して開票を終り、選挙会に移つたことは証人永井好治、神保兼吉、杉本忠治、小川修平の各証言によつて明かであるが、右の日時及び場所において開票を行う旨の告示があつたとの点についても、証人永井好治のこの点に関する供述部分は措信しがたく、他にこれを肯定するに足る証拠はなく、却て成立に争のない乙第二及び第四号証ならびに証人栗原高之の証言によれば、桂北小学校における開票の点についてもその告示が全く行われなかつた事実を認定するに充分である。

尤も公職選挙法第七十九条には、開票の事務を選挙会の事務に併せて行い得る旨を規定しているけれども、前記乙第四号証によれば、本件選挙においてはかゝる事務の併合をした事実はなく、開票は二月七日午前八時三十分桂北小学校において、又選挙会は同日午後一時町役場において各別に施行することを決定したが事務上の手落から選挙会に関する事項のみにつき告示し、開票の日時場所については、その告示をすることを怠つた事実が認められるから、前記第七十九条の規定を援いて右告示の不備を補うことは許されない。

しかして、以上の如く公職選挙法第六十四条に違反して予め開票の日時場所を告示することなくして開票を行うときは、同法第六十九条により一般選挙人に保障された開票状況を参観する権利はこれを行使する機会を奪われるか、少くも著しく制限される結果となるから選挙の自由かつ公正を甚だしく阻害し選挙の結果に異動を及ぼす虞があるものといわざるを得ない。

以上説示の如く本件選挙は各種の違法な管理の下に行われ、仮にその一をとつても、選挙の無効を来すものであるから、被告委員会が右と同一趣旨の事実を認定して、右選挙を無効とするとの裁決を下したのは正当であつて原告の本訴請求はその理由がない。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し主文の通り判決する。

(裁判官 渡辺葆 牧野威夫 野本泰)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例